08.30
博士論文-予備審査結果
2011年3月11日。
東日本大震災が起きてから、AMDAのコーディネーターとしてドクターヘリで宮城県南三陸町に現地入りしてから6年と約半年。
当時は、防災分野で研究開発に関わる仕事は始めていたものの、「専門性」と呼べる経験、知識や見識は身についておらず、とにかく目の前で困っている人にどうしたら手を差し伸べられるのかというシンプルな問いだけで行動していました。
救急医療班で活動した日々の中で、
ということを考えては、自分にできることが何なのかさっぱり思いつかず、「無力だな」と日々感じていました。
これらの問いに少しでも答えを見つけたくて、大学に再入学し研究に取り組んできました。
先日、博士論文の予備審査を受けることができ、無事合格することができました。
ほんの少しだけ世の中の参考になるかもしれないデータを取ることができて、まだまだ問題は多くあるけれども、自身が伝えたいメッセージが少しだけ整理されてきました。
ここからが正念場となるので、あれこれやりたいことを抑え、少しでも論文の品質を上げるために時間を費やしたいと考えています。
本来、博士研究だけに専念したとしても、ハードルは高いものなのですが、仕事、経営、父親、地域住民、様々な立場を同時並行で進めなければならない状況で、改めて自身の不器用さを痛感する日々でした。
予備審査で受けた指摘はどれもその通りで博士論文として着地させるためには避けて通れない有益なコメントばかりでした。
この数年間で身をもってわかったことは、「自分には研究と科学的な文章を書く才能がない」ということです。
だからこそ、「博士論文をまとめあげること」と、「その過程で一文一文に魂込めて書き推敲を重ねること」、「それらの結果として科学的な文章を読み書きできるようになること」は自分に備えたい能力の一つとして本当に魅力あるものだと捉えています。
いい歳して、体調に気を使うこともなく、大学に連日泊まり込んで発表準備に臨みました。
1日研究室にいると、「研究」に関わる話や取り組みがメインテーマになります。
1日会社にいると、「仕事」がメインとなり、家にいれば、「家族」がメインとなります。
当たり前ですよね。
しかし、この「当たり前」の線引きが物事に集中する上ではとても重要になるのだと思います。
研究室にいると、独りではどん詰まりな状態も議論していくうちに取り組むことが明確になっていきます。
博士課程ものこりあと僅かという状態になって、ようやく研究室のありがたさを実感するようになりました。
予備審査後に研究室の坂本くんとラーメンを食べに行きました。
タイムスケジュール的に同じD3ということもあり、本当に的を得た助言をいつももらうことができています。
こうした「研究に専念できる環境」と「人の縁」はお金だけでは手に入らないものだと思います。
作品をかたちにしようとしたり、考えをまとめようとしたりする際には膨大な時間とエネルギーをそれに注ぎ込みます。
自分も最後まで尽力して、いつか誰かの伴走ができるような見識を身に着けたいと決意を新たにしました。
なんだか、日記みたいなブログは久しぶりですが、人生の節目の一つという認識で書き留めておきます。